7月28日 火曜日

2020-07-28 19:39  CRI

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担当:王小燕、斉鵬

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 11月に予定される第3回中国国際輸入博覧会(輸入博)の開幕100日前に合わせて開かれた記者会見で(写真上)、今回の輸入博は計画通りに上海で対面によるオフライン方式で開催されることが明らかになりました。今年、企業展示エリアの面積は前回より6万平方メートル増えて36万平方メートルになり、公衆衛生や疾病予防、省エネ・環境保護、スマート交通、スポーツ用品とスポーツイベントの専門エリアが初めて設けられます。3カ月後にどんな姿で各国の来場者を迎えるか、楽しみです。

 さて、今週の番組、前半は「旬な話題」。大洪水が続く中、世界から注目されている三峡ダムの現状に続いて、新型コロナの最新動向に関する専門家の声をご紹介します。後半は「CRIインタビュー」。先週開かれた中日青少年オンライン交流会の模様をご紹介します。本来は今年も中国から子どもたちが日本の富山県氷見市などを訪れる予定でした。新型コロナの感染で訪日は叶えませんでしたが、交流を継続させるために様々な人が奔走しています。「Withコロナ」の時代に、人と人とのつながりが遮断されることなく、絆を保ち続け、しかもその絆をより一層強めるのにどうすれば良いのか、この大事な問題を考える上のヒントを探したく、交流会の模様を音声で再現してみます。詳しくは「CRIインタビューwithコロナ時代の青少年交流 たとえ海を渡れずともをご参照ください。

withコロナ時代の青少年交流 たとえ海を渡れずとも
今週の北京・月壇公園(撮影:平文智)

<お便りの抜粋>

★名古屋ゲンさん

中国も日本も洪水とコロナで七下八上しているのですね。
七つ下がって八つ上がるのですから、一つは進めるという励ましの言葉に受け止め、皆で支え合って生き延びたいものです。
被災地のみなさんに心からのお見舞いを申し上げます。
中国の大学卒業生の皆さんたちのインタビューの話題で、「若者たち」の歌を燕さんが歌ってくれたり、斉鵬さんも知っていると言われたのには驚きました。
高知のリスナーの杉村さんの写真で、浜だいこんを知り、これもビックリでした。
お話の中で、お母様が「中国の人は優しいことよね」とおっしゃっていたというところがとても心に残りました。
「私のふるさと」の歌のエピソードと、実際の歌の挿入に、『今日の放送が聴けて良かった……』としみじみ思いました。戦争は二度としてはいけません。シリーズを楽しみにしています。
50人の歌手のパンチのきいたリズム、圧巻でした。
洪水などによる被災者や被害が以前に比べると少なくなっているのは、天気予報の技術のUPによるものという理由に納得しました。科学の進歩が自然の豊かさも破壊しない共存できるものであるように願わずにいられません。

★東京都・細谷正夫さん

 先日来、ニュースの時間には、中国南部で発生した大洪水の被害状況が報じられており、犠牲となった皆様のご冥福をお祈り申し上げますと共に緊急避難されている皆様のご無事をお祈り申し上げます。
 ところで、21日の番組では、王小燕さんの故郷・安徽省も大きな被害を受け、ご家族が避難しており、楽観できない状況にあることが紹介されていましたが、一日も早く水が引き、元の日常生活に戻ることができるよう願っております。

★東京都・三輪徳尋さん

 日本では、コロナウイルスによって、在宅勤務やテレワークなど、ジョブワーク仕組みが一定の社会的な理解が得られたにもかかわらず、緊急事態宣言が解除されたことで、会社へ出社する人たちの通勤ラッシュを再び目の当たりにしています。いまだに、直接、顔を突き合わせて会話し、夜な夜な飲みに出かけることで、会社での自身の立場を維持し、長く在籍するために必要なことと考えている人が多いように思います。また、飲食店や繁華街には人が溢れて、スタジアムでの野球観戦もできるようになって、感染予防をしているとは言え、当然のことながら、感染者がこのところとても増加しています。加えて、県境を超えての旅行振興キャンペーンが行われようとしています。
 「人命」「経済」どちらを優先するのかという論理で、テレビなどは議論を繰り返し、時には不安を煽り立て、時には対策をしていれば大丈夫だと消費を煽っているように思います。
 政府としては、再びの緊急事態宣言などを検討することもなく、GOTOキャンペーンで、早急に「経済」優先に突き進んでいます。政府の思惑通りに旅行に出かける人も少なからずおりますが、「命」のために自主的に自粛している人もまた多くいるものと思います。まるでブレーキを踏みながらアクセルを吹かして車が思うように進まないと嘆いているように思えます。
 感染の恐怖と背中あわせの環境で、十分な経済の立て直しなどができると考えている現在の政策に限界を感じます。
 まずは、しっかりとPCR検査などを実施して、ウイルスーゼロであることを市民が認識したうえで、防疫対策を講じていれば、市民生活に安心感が醸成され、社会生活に活気が戻り、経済も活性化することは、中国における経済指標が順調に回復傾向を示していることからも自明のことであると思います。
 優先するのは「命」でもなく「経済」でもなく「検査」であって、「安心感」の醸成なのだと思います。
 新しい生活スタイルを守るだけではなく、徹底した検査によって、自身も隣人もマイナスであることを確認できたならば、安心して旅行をして、消費を楽しむのだろうと思います。旅行だけではなく、博物館や美術館に出かけて知識を高めることも、スポーツ観戦もスポーツで汗を流すことも存分に楽しめるようになり、盛大な結婚式の披露宴もできるようになって、充実した社会生活を取り戻せるのではないかと思います。
 生産性が低いメンバーシップによる雇用が主流の日本では、夜な夜な飲みに出かけての人間関係の構築が必要とされています。専門職すら活かしきれない不自由な会社がコロナウイルスによって急激にテレワークへ移行できるとは思えません。こうした会社が淘汰されてしまえば、日本の生産性が上がって良いのかもしれませんが、急激な変革で失業率も増えてしまうことによる弊害も多い様におもえるので、やはり、徹底したコロナウイルスの検査によって、おじさんたちの夜のコミュニケーションが安心してできるような環境を取り戻すために、大規模なコロナウイルスの検査を早急に実施することが必要なのではないかと思います。

 

<コロナ禍の戦後75周年、私が今思っていること>その4

北海道石狩市・上田知晴さん

 戦後75周年。でも、私は55歳、今年ようやく56歳です。つまり、私は戦争が終わってから生まれました。私が小学生の頃、つまり45年前の10歳頃のことです。この頃流行っていた歌の中に「戦争を知らない子供たち」がありました。小学校の合唱合奏コンクールではクラス対抗でよく歌ったものです。でも、歌詞の通りなのです。「戦争が終わって、僕らは生まれ、戦争を知らずに僕らは育った」のです。そんな私が、戦争が終わったことについて思うこと、それを述べても良いものか。戦争の辛さ、苦しみと言っても、一切経験の無い自分が軽々しくそれを述べて、実際に辛く苦しまれた方々に対して失礼になりはしないだろうか。そんな思いが脳裏を走り、少し躊躇しました。でも、7月7日は盧溝橋事件の日です。盧溝橋についてどうしても述べたくて、キーボードを叩かせて頂くことと致しました。

 今から32年前の23歳の時、大学の卒業旅行で、私は北京に友達と一緒にお邪魔しました。この時、自分自身には、実は、いくつかの北京での目的がありました。その一つは、盧溝橋に行くことでした。中日戦争は、中日が盧溝橋で衝突したことによって勃発したことは高校の世界史の授業で習い、知っていました。でも、同時に盧溝橋はとても美しい石造りの橋であることも伝え聞かされていました。私には、せっかく中国に行けるのだから、なぜ、日本は大切な隣人を傷付けなければならなかったのか、その発端となった盧溝橋とはどんな所で、どれほど美しい所なのかをちゃんと自分の目で見てみたいという強い気持ちがありました。なので、北京滞在3日目の朝だったと思います。一緒に行った友達を半ば強引に連れて、盧溝橋に行くことにしました。朝、ホテルの前に止まっていたタクシーの運転手さんを捕まえて、筆談で盧溝橋に連れて行ってほしいと頼んだ時、タクシーの運転手さんはとても驚いた顔をされていました。その表情は「お前ら、本当にここに行くのか。ここがどういう所かわかっているのか。行ってどうするんだ。」とでも、おっしゃっているかのように見えました。でも、私は「お願い、どうかお願い」を中国語では知りませんでしたので、思いっきりカタカナ英語で「プリーズ、プリーズ」を連発していました。結局、運転手さんは私達を盧溝橋に連れて行ってくれました。それほど長い時間はタクシーには乗っていませんでしたが、盧溝橋に着いた時、橋のすぐ近くには抗日戦争記念館がありました。タクシーの運転手さんはその横を通る時、「おいっ!着いたぞ」といったようなことを声と言葉にならない言葉でごにょごにょとおっしゃいました。私達は一旦タクシーを降りて、盧溝橋を見ました。橋の真ん中には雲のような龍のような彫刻が施されていて、とっても立派な橋であったことを覚えています。又、その彫刻を見た時に、なぜ、日本は、日本人はここを歩いて、もしくは普通車で、渡らなかったのだろう。なぜ、戦車と戦闘機で越えていってしまったのだろう。そんな難しい物を使わなくても、一緒に歩けば簡単に渡れそうな橋なのに、と感じたことを覚えています。この時、さすがに抗日戦争記念館に入館はしていません。と、いうより当時の私達には、まだその勇気はありませんでした。盧溝橋はあれから行ってはいませんが、今後、又、北京に行く機会があれば、改めて訪れてみたいと思っています。

 今度、橋を見る時は、後悔の念で橋を見るのではなく、中日互いにウィズコロナを乗り越えて、アフターコロナの未来に続く、中日未来の懸け橋として盧溝橋を見ることができるようにこれからを頑張りたいと思います。最後になりましたが、私達を盧溝橋に連れて行ってくれたタクシーの運転手さん。本当は連れて行くのがいやだったと思います。でも、仕事と割り切って私達を連れて行ってくれて、私達に何物にも代え難い体験をさせてくれた運転手さんにこの場をお借りして心から厚く御礼申し上げ、又、いやな思いをさせてしまったことに衷心より深いお詫びをさせて頂きます。運転手さん、本当にごめんなさい。でも、本当にありがとうございました。今度は架け橋を見に行きますので、又、架け橋まで連れて行ってください。

 

◆ ◆

 この番組をお聞きになってのご意見やご感想をぜひお聞かせください。メールアドレスはnihao2180@cri.com.cn、お手紙は【郵便番号100040 中国北京市石景山路甲16号中国国際放送局日本語部】もしくは【〒152-8691 東京都目黒郵便局私書箱78号 中国国際放送局東京支局】までにお願いいたします。皆さんからのメールやお便りをお待ちしております。

 

メッセージ募集のご案内
<コロナ禍の戦後75周年、私が今思っていること> 

字数:ご自由に。
署名:本名・ハンドルネーム・ペンネームのいずれも可。
形態:文字原稿・音声ファイルでの投稿のいずれも可。
 (投稿内容と関連する写真の同封は大歓迎)
宛先:riyubu@cri.com.cn
タイトルに「75周年メッセージ」と明記してご送信お願いいたします。

【リンク】

<コロナ禍の戦後75周年、私が今思っていること>その1 「紫金草物語」作詞者・大門高子さんの思い

<コロナ禍の戦後75周年、私が今思っていること>その2  神宮寺敬さん(100歳)、東京都大田区・三輪徳尋さん

<コロナ禍の戦後75周年、私が今思っていること>その3 名古屋市・丸山 隼人さん、四万十市・杉村和男さん、ラジオネーム“大本営発表には騙されないヨ”さん

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ラジオ番組
9月17日放送分
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